コラム【きれいであることに慣れ過ぎている?!】

ドラマネ

先日出張で地方都市を訪れた時、電車から見える景色に驚きました。
何に驚いたかというと、電柱や電線の数です。

東京に住んでいると、電柱や電線のほとんどない風景に、僕たちは慣れてしまっています。

「なくなった方がいいのに」
と思う自分に、ハッとしました。

僕たちは、きれいであることに慣れ過ぎているのかもしれないな、と。

電柱を地下に埋めることに反対しているとか、そういう訳ではありません。

無意識のうちに、余分なもの、邪魔なものを排除してきれいに整備して欲しいという意識が働いている自分に、ちょっと驚いてしまったのです。

町が整備され、きれいになることは良いことです。
死角になるような場所、危険な場所がなくなり、快適な空間が演出されることで、資産価値も上がるかもしれません。

でも、僕は思うのです。

邪魔な場所や汚い場所、危険な場所や死角になる場所がある方が、より自然なカタチなのではないかと。

小さい頃、
「行ってはいけないと言われている場所」
「近付き難い場所」
「怖い場所」
「汚い場所」
「危険な場所」
など、怖いけれど行ってみたい場所が近所にありました。

そういう場所は、エッチな本が散乱していたり、「基地にしよう」とかいって、拾ってきた犬をみんなで飼ってみたりと、記憶に残る体験をさせてくれる場所でもあり、冒険心を養ってくれる場所でもありました。

禁じられた遊びをしている罪悪感を超えて、ちょっと大人になれたような誇らしささえ感じることが出来ました。

町が整備され、きれいになり、いらないものが排除されていくことで、子供たちの居場所、成長させてくれる場所がなくなっていくようにも僕には思えてしまいます。

そのことは、淋しさを感じると同時に、危険も感じます。

便利さを追求し、汚いものを排除していく街作りには、ちょっと疑問を感じてしまいます。そんなことをしていると、汚いものを排除する精神性が身についてしまうんじゃないかと思うからです。

でも、自分自身の中にも、邪魔だなぁ、と思う気持ちを発見して「慣れって怖いな〜」と思いました。

気をつけよう。。。

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